私は天使なんかじゃない







深まる謎





  数多の要因と憶測はミスリードを呼ぶ。
  謎は霧のように視界を塞ぐ。

  そして先行きが不透明となる。





  「よお、Dr.爺ちゃん」
  「ブッチか、よく来たな。キャンディーでもねだりに来たのか?」
  ジェファーソン記念館。
  浄水ラボ。
  Dr.ピンカートンが出迎えてくれた。
  他の科学者者たちは計器を調べたり色々と忙しそうだ。Dr.ピンカートンは俺を手招きし、歩き出す。ラボを出て別の部屋に入った。爺ちゃんの私室なのか、ベッドや私物が
  置かれている。椅子を指差しつつ爺ちゃんは座った。俺とトロイも座る。
  「元気そうでよかったぜ、Dr.爺ちゃん」
  「元気なもんか」
  「何かあったのかい?」
  「お前さんが面倒を持ち込んだじゃないか」
  「あー」
  毒入りの水の話か。
  アンダーワールドを出る前にビリーが無線で報告してたから大体の話は伝わってる、だからこそ着いたらすぐに受け入れ態勢オッケーになってたわけだ。
  「何か分かったのかい?」
  「科学は即決じゃないんだ、すぐには分からんさ。ただ、全部検査してから送っているからな、何かあったとしたらリベットの連中の所為だ。Dr.リーめ」
  「Dr.リー? 要塞にいるんじゃないのか?」
  「エンクレイブとの戦いの最中は心労で要塞の中で死んだ振りしてたよ、確かにな。だが今はいない、リベットに戻ったのさ」
  「何でよ?」
  浄化プロジェクトの重要人物じゃないのか?
  「ワシが天才過ぎたせいじゃな」
  「はっ?」
  「つまりじゃな、リバティプライムの責任者、浄化の責任者とワシが兼任してるからな。あいつが死んだ振りしてる間に、あいつのポジションはここにはなくなったんだよ」
  「へー。だから戻ったのか、リベットに?」
  「そうだ。まあ、必要なことではある」
  「と言うと?」
  「あそこの議会は政治家気取りが多いんだ。ただの洋服屋や薬屋どもの分際でな。まあ、ワシはあの女が白衣を着た猿だとは思っているが、それでも頭は良いからな。考え方のバランス
  感覚もあるし、あいつも議席があるから、あの場所にいたらある程度はリベットが動物園ではなくなるって寸法だ」
  「Dr.爺ちゃん辛辣だぜ」
  「……」
  「何だよ?」
  「お前さん、爺婆に受ける性格してるな。なかなか喋ってて気持ち良い」
  「はっ?」
  どういうことだ?
  トロイは爺ちゃんの言葉のたびに右往左往している。
  ビビり過ぎだろ。
  「あ、兄貴、この人怖いです」
  「気のせいだって。で、Dr.爺ちゃん、いつぐらいに終わるんだ?」
  「せっかちな奴じゃな。ラボで今調べておるわ。無線でさっきアンダーワールドのDr.チョッパーとかいう医者から検死の情報提供があった」
  「何だって?」
  「血液検査したが特に問題なしじゃ。検査記録はそうなっておる」
  「はっ?」
  問題なし?
  どういうことだ?
  「じゃあなんで死んだんだ? 水で死んだんじゃないのか?」
  「アクアピューラにそんな成分はない。ただ、真水だからな、その所為かもな」
  「どういうことだ?」
  「ダイタルベイスン付近のミレルークは浄化が始まってから死に始めた。あいつらは放射能の帯びた水の中でしか生きられん。ワシらの水は口に合わんかったというわけだ」
  「グールもか?」
  「かもな。何とも言えん」
  「俺も飲んだんだが……」

  「Dr.ピンカートン、大変ですっ! この数値は異常……っ!」

  白衣を着た科学者が紙の資料を手に持って部屋に飛び込んでくる。
  血相を変えている。
  「何じゃ、騒々しい」
  「これを見てくださいこれをっ! こんなのありえない……っ!」
  「ええい、騒がしい奴だ。見せてみろ」
  奪い取るようにして見る。
  忌々しそうなDr.爺ちゃんの顔だったが、次第に顔つきが変わってくる。
  「すぐにスクライブ・ビクスリーに水の出荷を止めさせろ。調べ直す」
  「了解ですっ!」
  バタバタと走り去る科学者。扉は開けっ放し。
  Dr,爺ちゃんは立ち上がって扉の方に。
  「何だよ、どうしたんだよ?」
  「ブッチ、飲んだんだな、こいつを飲んだんだな?」
  「あ、ああ」
  「飲みかけは全て、そう、毒入りだった。253本あったが、問題ありの水は38本だった」
  「……俺、死ぬ……?」
  「不思議なことに生きてる。死なんだろ、どの飲みかけかは知らんが、どれも半分以上減っていた。3口飲めば死ぬからな、即死だ、それで生きてるんだから死なんのだろ」
  「何だよ、そのあいまい表現」
  「ワシもよく分からん。まずはお前さんの精密検査をせねばならんな」




  一日後。
  俺の精密検査が終わった。
  問題なしらしい。
  どういうことだ?
  Dr.爺ちゃんは気にするなと言った。それとしばらく出所不明のアクアピューラを飲むなと。
  それからお出かけでリベットシティに。
  空母の残骸にある街。
  Dr.爺ちゃんの護衛でだ。といってもBOSの兵士たちもいるし、俺は退院のお墨付き貰ったからメガトンに帰る、リベットは帰りついでに立ち寄っただけだ。
  結局俺の体の状況は不明。
  まあ、問題ないって言うなら別にいいけど。
  リベットでは特にやることはない。
  爺ちゃんたちはDr.リーの元に。俺たちはゲイリーズ・ギャレーという店で飯食った。滅茶苦茶可愛い定員のアンジェラに女王アリのフェロモンを頼まれた、入手したら頂戴って。
  変な頼まれごとしたな、うん。
  外の人間の頼みごとはよく分からん。
  食べ終わってリベットを歩き回ってたのだが、どうも迷ったらしく、気付けば下に移動しているような。実際階段を下ってる。
  下れば下るほど錆びっぽくなっていく。
  船で暮らすって最悪だな。
  少なくともメンテしなけりゃ当然錆びていく。これ終いには沈むんじゃないのか?
  「兄貴、あれ?」
  「ん?」
  通路に誰か倒れている。
  何人かセキュリティが通り過ぎるが誰も気にかけない。
  「おい、大丈夫か?」
  通路の壁に寄りかかって胸を押さえている中年男性に声を掛ける。
  男は顔を上げた。
  「心臓を患っていてな、すまないが、俺の部屋まで連れてってくれないか?」
  「医者じゃなくていいのか?」
  「ちょっと市場で買い物を、と思ったのがまずかった。部屋に薬を置いてきてしまったんだ。薬を飲めば大丈夫だ、すまないが、連れて行ってくれ」
  「そうか、肩に掴まれよ」
  「すまない」
  肩を貸して、男の道順通りに歩き出す。
  歩きながら思い出す。
  「あんたガルザとかって奴じゃなかったか?」
  「何故名前を……ああ、ジェファーソン記念館で会ったな。あの時は、ありがとう」
  「結局何も出来なかったけどな」
  確かDr.リーの助手だったっけ?
  あの時も心臓病でしばらく動けなかった。
  「ここだ」
  「トロイ、扉開けてくれ」
  「はい、兄貴」
  扉が開く。
  俺はガルザをベッドに寝かす。
  「すまないが扉は閉めてくれ、開いてると落ち着かない」
  「トロイ、閉めてくれ。俺は薬探すぜ」
  「分かりました、兄貴」
  戸棚を漁る。
  薬瓶があった。部屋は最低限の機能しかない。プライバシーの欠片もない壁なしトイレと洗面台があるだけ。食器の類はトレイに入って床に置かれてた。
  風呂は、ないようだ。
  というかここはボルトよりもひでぇな。
  部屋の規模は大して変わらないが、少なくともボルトには風呂はあった。トイレは共同用トイレにしかなかったけど。
  無菌っていうのは味気ないが、必要っていえは必要なんだな。
  錆っぽい。
  ここには住めないぜ。
  「こいつか?」
  「それだ。すまないな」
  手渡す。
  トロイが出来るだけ綺麗なコップを見つけ、水を入れ……ようとして硬直した。水が茶色い。錆てるのか、水道管。しばらくして透明になるのでそれを注いで彼に手渡す。
  ガルザは薬を口に放り込み、それから水で薬を飲みこんだ。
  「ありがとう、助かった、俺は横になるよ。お礼は……」
  「気にすんなって。当たり前のことをしただけだ」
  「ここでは当たり前じゃないけど、そう言ってくれると助かるよ。あんまり余裕ないから」
  「にしても何だって誰もあんたを助けなかったんだ?」
  「俺は下層デッキの人間だからな。下層デッキは特権から外れた人間が住む場所なんだ。最近は心臓病が酷くてね、それに浄化プロジェクトがBOSに移ったからお払い箱になったんだ。
  それで俺はここにお引越しってわけだ。Dr.リーも議会の決定には逆らえないから仕方ないけどね。ここ、環境劣悪だろ? 議会は下層デッキ住まいを押し込めようとしてるのさ」
  「何で?」
  「神父の弟子のディエゴ曰く、あと数年もすれば内乱が起こるからさ。俺もそう思うよ、格差が酷過ぎる。だから議会は下層を隔離したがってるんだ。途中で野垂死ねば儲けもんなんだろ」
  「ひでぇな、それ」
  「だがよかったこともある」
  「よかったこと?」
  「議会側のセキュリティにとって俺は路肩の石なんだ。見向きもされない。いないものとされてる。だから、情報収集にはうってつけなんだよ」
  「探偵でもしてるのかい?」
  「のようなものだ。実は横流ししてる奴がいる」
  「水か?」
  アクアピューラの横流し、ここで行われてるのかっ!
  だがガルザは首を横に振った。
  「それは、知らないが、外では何か問題になっているのか?」
  「ああ。実はどこにも届いてない」
  「本当か?」
  「ああ」
  「……やれやれ。腐りきっているらしい。俺が調べていたのは、Dr.リーの研究だ」
  「Dr.リーの研究?」
  「俺は彼女に恩義がある。だから、不審な点があったから調べてたんだ。セキュリティの一部が彼女の研究を売り払ってる。誰にかは知らないが、荒稼ぎしているらしい」
  「それをDr.リーは知っているのか?」
  「まだだ。まだ言ってない。ダンヴァー指令はやり方が乱暴だ。今言えば指令が調査することになる。そいつは、ある意味で破壊を依頼するようなもんだからな」
  「ふぅん」
  大変なんだな、どこも。
  メガトンもそうだしアンダーワールドもそうだがどこも問題を抱えてる。
  まあ、騒ぐことじゃないか。
  古巣のボルト101だって問題だらけだったしな、現在進行形で。
  「兄貴、そろそろ」
  「そうだな。お邪魔し過ぎたぜ、おっさん。俺ら帰るわ」
  「誰がおっさんだ、誰がっ! ……まあ、何だ、色々とありがとう」
  俺らはおっさんの部屋から出る。
  途端、思わず身構えた。
  「な、何だよ」
  「……」
  おっさんの部屋の扉のすぐ側にはリベットのセキュリティが壁に背を預けて立っていた。正式装備なのか顔を完全に覆うバイザーの付いたヘルメット、暴動鎮圧用のアーマー、10oサブマシンガン。
  バイザーは黒い色が付いていて顔が見えない。
  体格的には男だと思う。
  こちらを一瞥して立ち去る。
  「何なんですかね、兄貴」
  「話を盗み聞きしてたのか、あいつ?」
  「何の為にですか?」
  「知らんよ、んなことは」
  「それよりもどうします?」
  「別にここに留まる必要はないしな。Dr.爺ちゃんの護衛ついでに来たけど、実際にはただ帰り道を同道しただけだしな。専門的な話は聞いたって分からないしこのまま帰っても構わんだろ。
  爺ちゃんにはBOSの兵士たちがいるわけだし問題ないだろ。帰ろうぜ、トロイ」
  「そうだ兄貴、何とか埠頭寄せないと」
  「あー」
  ゴブに頼まれてたな。
  ミレルークシチューのレシピが欲しいとか何とか。向上心あるぜ、ゴブは。色々なレシピ集めて店の発展を心掛けてる。
  貢献しないとな。
  「よっしゃ、埠頭に寄ってから帰ろうぜ、トロイ。いいよな?」
  「はい、兄貴」



  リベットシティ。Dr.リーの研究ラボ。
  このラボの責任者であるDr.リーは、突然現れた来訪者に苛立たしそうな視線を投げつけた。実際に、言葉も。
  「何の用かしら、Dr.ピンカートン。二つもプロジェクトをBOSに与えられて自慢をしに来たの?」
  「相変わらず捻くれておるの」
  「あなたに言われたくはないわ。私は、今土壌を必要としない作物の研究を……」
  「実は確かめに来た」
  「私の研究を?」
  「そうではない。そんなことではない」
  「そんなこととは……いえ、いいわ、それで、何しに来たの?」
  「ワシがいた時からこのラボにはあったはずだ。使いようによっては使い道がある、しかし実際には危険で使えない、厄介な代物。それを確かめに来た。まだあるのかを」
  「何の話?」
  「FEVはどこにある?」





  DC残骸にあるタコマ地区。
  そこはタコマインダストリィと呼ばれる企業の工場があった場所。製造していた主な製品はアブラクシオクリーナーと呼ばれる洗剤。現在でも一定の価値がある代物ではあるが、
  長い間この工場はスーパーミュータントの軍団が駐留し、タロン社がそれを奪おうと戦争を繰り広げていた。
  タロン社の目的は単純だった。
  連中は金目の物に飛びつく。強欲だから、というのもあるが、それ以前に組織が強大過ぎて維持にも金が掛かり、スカベンジングを副業としていたからだった。資金集めだ。
  ただスーパーミュータントがDC残骸に好んで進出している理由は誰も知らない。
  憶測として、DC残骸には連中を引き付ける何かがあるのではないかと囁かれている程度だった。
  そのスーパーミュータントも赤毛の冒険者がボルト101から這い出してきた時期を境に勢力が衰退し、気付けばDC残骸から姿を消していた。タロン社もジェファーソン記念館の最終決戦で瓦解。
  マッピングを目的とするライリーレンジャーはこの機に調査しようと出張ったのだが……。
  「防御態勢っ! 全員後退、無理攻めするなっ!」
  ライリーは部下たちにそう指示。
  DC残骸を拠点にしているライリーレンジャーは数こそ少ないものの精強。とはいえ敵の数が圧倒的過ぎた。
  舞台は廃工場内。
  隠れる場所はたくさんある。
  銃撃音が激しさを増す。
  タロン社の残存部隊がタコマインダストリィ付近で目撃されているのはライリーも知っていたがここまで抵抗が激しいとは思ってもなかった。
  ライリーレンジャーの総勢は13名。
  ここにいるのは7名で、残りは本部。フォークスがガトリングレーザーを手に参戦してはいるものの、この数を崩すのは容易ではない。
  結果としてこの場所に釘づけにされている。
  とはいえ、敵はこちらの殲滅を目的とせずに撤退をメインで動いているらしく、次第に後退している。
  問題は……。
  「隊長、どうしますっ!」
  「聞いてないわよこんなのっ! くそBOSめ、こんな状況だって言ってなかったじゃないっ! 何だってスーパーミュータントとタロン社が仲良くしてるのよっ!」
  そう。
  緒戦はライリーレンジャーが奇襲し、タロン社を追い込んだものの、突然スーパーミュータントの部隊が現れた。タロン社を護るために。
  現れたスーパーミュータント達は斑ではあるものの全員が赤く体を塗っている。
  レッドアーミーと呼ばれ、組織されたスーパーミュータント達。
  真紅のジェネラル種が指揮し各地を荒らし回る恐怖の一隊ではあるが、どうやらここにはジェネラル種はいないようだ。
  「ライリー、どうする? 私が突破口を開くか?」
  「いいえフォークス、この数の差は厄介よ。どうも連中は撤退の時間稼ぎがしたいみたいだし、悔しいけど、撤退して貰いましょう」
  「分かった。……ライリー、あいつは毛色が違うな」
  「金髪の、科学者?」
  後ろ姿しか見えないがタロン社の部隊が護る形で、悠々と歩き去る白衣の人物。髪の長さや体のライン的に女性。
  科学者だろうか?
  医者かも知れない。
  いずれにしてもタロン社ともスーパーミュータントとも違う、知識階級の人物。印象としてはタロン社、レッドアーミーを従えているようにも見える。
  追おうにも追えない。
  数が違い過ぎる。
  「知りたくないものね、自分の限界ってやつは」
  ミスティが出来ることがどうして自分には出来ないのだろう、ライリーはそう思った。
  彼女の手を煩わせたくないのに。